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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1018号 判決

控訴人 原告 矢下田鉄蔵

訴訟代理人 河辺久雄 外一名

被控訴人 被告 新潟県知事

訴訟代理人 玉井潤次

主文

原判決を取消す。

新潟県農地委員会が昭和二十五年十二月二十二日別紙目録記載の土地につき定めた農地買収計画を取消す。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人訴訟代理人は、昭和二十九年八月十七日新潟県農業会議が成立したので、農業委員会法の一部を改正する法律(昭和二十九年六月十五日法律第一八五号)附則第二十六項の規定により、新潟県農業委員会を当事者とする本件訴訟は、被控訴人新潟県知事において受継する旨述べ、控訴人訴訟代理人は、右事実を認め受継に異議がないと述べた外、当事者双方訴訟代理人の事実上の陳述並びに法律上の主張は、左記当審における補充陳述または新たな主張を除いては、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

当審における控訴人訴訟代理人の主張。

第一、本件買収計画を違法とする従前の主張の補充。

(1)  原判決事実摘示三の(1) の農地の返還を受けた時期について、

別紙目録記載の(イ)及び(ロ)の農地について控訴人は、賃借人たる訴外川端嘉一に対し、昭和二十年十月初頃その返還を申入れたところ、右川端はこれを承諾し、同月中に控訴人はその返還を受け、同上記載の(ハ)の農地について控訴人は賃借人たる訴外岩ケ坂竹次に対し昭和二十年九月末頃その返還を申入れたところ、同人はこれを承諾し、同年十月中控訴人においてその返還を受け、同年十一月二十三日現在においては右(イ)、(ロ)、(ハ)の農地は控訴人の自作中のものであつた。元来本件農地はいずれも田であつて、その収穫期は大略十月中旬であり、控訴人の在村地方では稲の収穫後直ちに田打と称する耕作をするのが常であるから、地主が小作人に対し田の返還を求める場合には必ずや収穫終了の時期になされることは、実験則上当然のことに属する。原判決が解約の時期に関し、昭和二十一年一月または三月であると認定したことは誤認も甚しく、また最も信憑すべき公文書たる甲第八号証によれば、昭和二十年十一月二十三日現在において、本件農地は控訴人の自作地たること明らかであつて、この点に関する乙号証の如きは、後日の作成にかかり採るに足らざるものである。

(2)  原判決事実摘示三の(2) 記載の指示請求期間の徒過と一事不再理の原則の適用について、

自作農創設特別措置法(以下単に自創法と略称する)による農地の買収計画の樹立は、原則として市町村農地委員会の権限に属せしめ、市町村農地委員会の樹立した買収計画に不服ある農地の所有者は異議の申立をなし得べく、また本件の如く小作人の請求による遡及買収の場合にあつては、買収計画樹立を否とする市町村農地委員会の決定につき、当該小作人から県農地委員会に、買収計画を定めるべき旨の指示を求め得べきことを規定している。かくの如く同法が買収計画決定または買収計画拒否の決定に対し、一定の期間を定めて救済の規定を設けたのは、行政庁または利害関係人に対し法律上の地位の安定を速かならしめる目的に出でたものであることは、論議の余地なく、従つて右期間の徒過等によつて市町村農地委員会の決定が確定したときは、当然その内容に従つて利害関係人を拘束すると解すべきである。本件において訴外川端嘉一、同岩ケ坂竹次による遡及買収請求は、昭和二十三年二月九日赤泊村農地委員会の決定により遡及買収すべき農地にあらずと宣言せられ、関係人の異議なく確定を見た以上、爾後同一事由により同一利害関係人の請求により前記決定を変更すべからざることは、自創法の規定就中立法精神よりするも、容易に看取し得るところである。何となれば買収計画決定に対しては、自創法第四十七条の二により訴提起期間を徒過するときは、終局的に右買収計画は確定し、農地所有者は最早如何ともすることはできないのに反し、遡及買収請求拒否の決定については、これに対する指示請求期間の徒過によつて確定したに拘らず、同一事由に基き同一利害関係人から何回でも繰返し請求ができ、行政庁もまたこれが計画を樹立できるとすれば、著しく衡平の観念に反するからである。殊に注意すべきは、一般の農地買収(第三条)にあつては、何人の請求あることもその前提要件とせざるに反し、第六条の二による買収にあつては、昭和二十年十一月二十三日現在において耕作権を有した小作人の請求に基ずき、市町村農地委員会が初めて当該農地が遡及買収に適するや否やを審議し、その採否を決定すべき旨を規定していることである。従つて前示の如く、遡及買収の請求に対し赤泊村農地委員会がその請求を理由なしとして却下した場合に、その請求者が、自創法第六条の三に基ずいて県農地委員会に対し、法定期間内に指示の請求をしない限り、右却下決定は確定し、利害関係人たる請求者(小作人)は再度遡及買収の請求をなし得ないと解すべきことは、行政行為の拘束力または確定力として当然の論結であり、前記両訴外人は再度本件農地につき遡及買収を請求する権利を有しなかつたものであるから、そのこれあることを前提として、村農地委員会を代行してなした新潟県農地委員会の樹立した本件買収計画は、この点において違法である。

(3)  原判決事実摘示三の(3) の本件買収計画が自創法第六条の二第二項第二号の裁量を誤つた違法について、

原判決は、甲第九号証による協定を恰かも控訴人の強制圧迫により全くその意思の自由を抑圧せられて成立したかのように認定しているが、事実は赤泊村農地委員会委員万豆六蔵外一名が両者の間に斡旋し、その調停案に基ずいて円満に成立し赤泊村農地委員会もこれを承認したのであるから、右協定は控訴人の圧迫に基ずくものでないことは勿論、かかる取極めは決して自創法の精神に反するものでない。しかも訴外岩ケ坂、川端両名において、当事者間の信頼関係に基ずいてなされたこの協定の趣旨に反して、本件遡及買収を請求するが如きは、自創法第六条の二第二項第二号に該当するものと謂うべく、これを信義に反せずとしてなされた本件買収計画は、同号の裁量を誤つた違法がある。

第二、本件買収計画を違法とする新たな主張。

(一)  法定小作地保有面積を欠く違法、

(イ)  新潟県における控訴人居村の法定小作地保有面積は六反歩であるところ、本件農地買収の結果控訴人の保有小作地とされている農地は、通計五反二畝二十五歩となり(甲第八号証参照)、既にこの点において法定保有面積を割ることは明らかである。

(ロ)  しかも右控訴人の保有小作地とされている五反二畝二十五歩のうち、佐渡郡赤泊村大字莚場字ウツギ山一六〇三番、田一反七畝二十七歩(記録七五三丁裏三行目、七歩とあるは誤記と認む七六二丁表参照)同番の五、田二歩同所一六〇六番、田一反二十四歩、合計田二反八畝二十三歩は、訴外矢下田仁太郎の所有農地であつて、この部分を差引くと実際の控訴人保有小作地は、二反四畝二歩となる筋合である。-即ち右農地は控訴人の妹ハツが、大正初年頃控訴人家から分家するに際し、贈与されてその所有地となり、訴外矢下田仁太郎は、昭和十七年七月十四日右ハツの死亡による家督相続により、右農地の所有権を取得したものである。尤も登記簿上の所有名義は依然控訴人となつているが、買収処分は登記簿上の名義如何にかかわらず真実の所有者に対してなさるべきものであるから、(昭和二十八年二月十八日最高裁判所大法廷判決、判例集第七巻二号三十三頁以下)保有面積の算定に当つても同一に解すべきものである。

以上控訴人の主張に対し、被控訴人も結局(イ)の事実を認め昭和二十九年十二月十四日附で本件農地中計七畝十四歩の売渡及び買収の処分を取消したから、その結果法定保有面積を維持することとなり、瑕疵は治癒されたと主張するが、これに対し控訴人は左記の点を指摘し、被控訴人の右処分の一部取消は無効であることを主張する。即ち(A)農地の買収または売渡の行政処分の取消しについては、特に法律は詳細な定めをしていないが、既になされた行政処分の取消または変更をするには、その取消変更の対象となる原行政処分と同様の方法によつてなされねば、その効力を生じないと解すべきである。ところが、本件農地買収処分は、さきに赤泊村農地委員会が訴外川端及び岩ケ坂の遡及買収の請求に対し買収計画を樹立しなかつたので、新潟県知事は当時の新潟県農地委員会に右村農地委員会の権限に属する事項を処理させ(自創法第四十七条参照)、県農地委員会において本件買収計画を樹立したので、これに基ずいて右買収処分がなされたのであるから、被控訴人新潟県知事が右買収処分の一部を取消すには、これに則応して先ず県農業委員会に買収計画の変更(一部取消)を命じなければならないと解すべきであるが、右委員会の代行権限は昭和二十七年十月十七日新潟県達農地第一二、二八〇号を以て解除されているので、当然本件に関しては赤泊村農業委員会がその権限を回復しているわけであるから、右赤泊村農業委員会に対し本件買収計画の一部取消変更を命じ、右手続が履践された上で右買収処分の一部取消をしたのでない限り行政処分取消の効力を生じない。しかも本件買収処分の一部取消についてはかかる手続を経由した事実は認められないから、当然無効である。(B)仮りに前記主張が理由なしとするも、買収処分の一部取消は売渡を受けた当事者の利益を侵害するから、遡及効を有しないのが原則であり、買収計画の違法なりや否やを判断するには、その樹立の時即ち本件にあつては昭和二十五年十二月二十六日(公告のとき)当時を標準とすべく、被控訴人が今日に至つてこれに基ずく買収処分を一部取消したからといつて、さきになされた買収計画の違法が治癒されることはあり得ない。いずれにしても被控訴人が自認した限度における法定小作地保有面積を欠く本件買収計画の瑕疵は、今以て存在しこれが取消を求める法律上の利益あるものである。

(二)  買収令書に買収すべき土地を特定しない違法と買収計画、

自創法による農地の買収は、同法第九条の買収令書の交付によりその効力を生ずるのであるから、その買収令書においては目的たる農地を特定することを要する)最高裁判所昭和二十六年三月八日判決)。そして若し一筆の農地の一部を買収するような場合には、令書自体に買収の目的たる地域を特定し得る方法で表示しなければならない。本件買収令書(甲第二十五号証)には、買収土地の表示として「莚場字問田八三八番、田(二反三畝十二歩)二畝十七歩」とあるだけで、右二反三畝十歩の農地中二畝十七歩の区域を特定するに足る何等の表示がない。従つてこの部分(本件(ロ)の土地)に対する買収は効力を生じない。しかるにこの買収令書の交付によつて事実上買収処分がなされ、現在も処分の状態が継続しているから、買収計画は取消さねばならない。(尤も本件控訴中である昭和二十七年十月八日被控訴人は前記莚場字問田八三八番田二反三畝十二歩から同八三八番の二田二畝十七歩を分筆登記したので、請求の趣旨中目的農地の表示を右の如く訂正したが、前記買収処分当時は勿論右二畝十七歩は一筆の土地の一部であつた。)

当審における被控訴人訴訟代理人の陳述

第一、本件買収計画を違法とする控訴人の従前の主張に対する反論。

(控訴人主張の前掲第一の(1) 、(2) 、(3) に対応する)

1、本件農地の合意解約の時期について、

この点について控訴人は昭和二十年十月中と主張するが事実は訴外川端において昭和二十年十二月末、訴外岩ケ坂において同二十一年三月頃、いずれも控訴人から本件農地の返還要求を受け、已むなく従前の小作契約を解消して、控訴人名義で請負耕作する契約を結ばしめられたが、その時期は川端については昭和二十一年一月、岩ケ坂については同年三月頃である。控訴人は、地主が農地の返還を求める場合は、田打等営農準備の都合上収穫直後の十月頃に行わるべきは、実験則上当然のことに属すと主張するが、本件にあつては地主たる控訴人が自ら自作しようとしたのでなく、当初から前記訴外人等に控訴人名義で耕作させようとする所謂請負耕作を意図したものであるから、控訴人の時期的な営農準備の要もなく、従つてこの点を捉えて解約返還の時期を云為するは当らない。

2、自創法第六条の三の指示請求期間の徒過と一事不再理の原則の不適用、

自創法第六条の三所定の法定期間内に当該指示請求がなかつた場合、関係当事者は最早右市町村農地委員会のなした買収請求否決そのものを争うことができず、この意味では確定力はあるが、これがため否決の判断の内容及び請求人の自創法上の権利の有無を確定する実体的確定力を有するものではないと解すべきである。従つて当該請求者は、同一事由にもとずき再度の請求をするを妨げられることなく、この場合市町村農地委員会も前になした判断に拘束されず、新たな観点において審議すべきであつて、所謂一事不再理の原則はその適用はない。かように解することについて、控訴人は「小作人は何時でも何度でも買収を請求し得ることとなり、所有者の地位は何時までも不安定となる不衡平な結果を生ずる」というけれども、農地改革における衡平の観念は、自作農の創設と耕作者の地位の安定に基ずかねばならぬのであつて、所有者の地位の安定は、同法第一条のとおり自作農創設の反射的な結果に過ぎぬ、と謂わなければならぬから、地主及び小作人に対する不均衡を理由とする論拠は採るに足らない。

3、本件買収計画は自創法第六条の二第二項の第二号に該当しない。

昭和二十三年三月七日控訴人と訴外川端及び同岩ケ坂等との間に控訴人主張のような覚書(甲第九号証)が作成せられ、右訴外人等は地主として一方的利益を主張する控訴人の圧迫強要の下に、已むなくこれに署名したことはあるが、その内容をなしている農地の解放、買受区分等の如きは、法律上農地委員会の権限に属し、それぞれ所定の法規によつて処理せらるべきものであつて、地主と小作人の間で任意に協定し得る事項でないのみならず、右協定当時施行中の農地調整法第九条において、農地の賃貸借の合意解約については市町村農地委員会の承認または都道府県知事の許可を要し、これなくしてなされた合意解約はその効力を生じないとした法意からしても、本件農地(別紙目録記載の(イ)及び(ロ))の返還をもその内容としている前示覚書による協定の如き、それのみでは当然当事者を拘束する効力を有するものでない。従つて前記訴外人等がこのような覚書の内容に反して遡及買収の請求をしたからといつて、何等信義に反するものでない。

第二、控訴人が当審で新たに主張する本件買収計画を違法とする理由についての反対主張。

一、法定保有面積を欠くとの主張について、

イ、本件農地の所在する新潟県佐渡郡赤泊村における自創法第三条第一項第二号による小作地の法定保有面積が六反歩であることは認める。

ところがその後調査の結果、控訴人主張の如く本件買収計画樹立により控訴人の保有する小作地は五反二畝二十五歩であつて、七畝五歩右法定保有面積を冐していることが判明したので、被控訴人(新潟県農業委員会の訴訟承継人としてではなく、買収令書の交付による買収処分庁たる新潟県知事の資格において、)は昭和二十九年十二月十四日附を以て、本件農地中赤泊村大字莚場字ウツギ山一六〇四番田二反八畝二九歩(別紙目録記載(ハ)の農地、控訴人から買収の上訴外岩ケ坂竹次に売渡したもの)のうちより、一六〇四番の二(仮地番)田四畝、同字問田八〇八番田一反八畝一三歩(同上(イ)の農地、控訴人から買収の上訴外川端嘉一に売渡したもの)のうちから八〇八番の二(仮地番)田二七歩、(以上一筆の土地の一部については図面により地域を特定)及び同字問田八三八番の二田二畝一七歩(同上(ロ)の農地、控訴人から買収の上訴外川端嘉一に売渡したもの)、計七畝十四歩に関する農地買収処分及び売渡処分を取消した(乙第十六ないし第十八号証参照)。よつて控訴人の現在の保有小作地は六反九歩(前記五反二畝二十五歩と右七畝十四歩の合計)となり、法定小作保有面積を超えることとなるから、この点に関する違法は治癒せられ、これを理由として本件買収計画を取消す法律上の利益はない。

ロ、本件買収計画樹立当時控訴人保有小作地として残されていた五反二畝二十五歩のうち、控訴人主張の農地(計田二反八畝二十三歩)が訴外矢下田仁太郎の所有農地であるとの控訴人主張事実はこれを否認する。従つて右主張事実を前提とし上記イ、において被控訴人が自認した七畝五歩の外に、更に右矢下田仁太郎の所有農地に該当するという計二反八畝二十三歩の限度で、小作地の法定保有面積を冐しているから、本件買収計画は違法であるとの控訴人の主張は理由がない。

以上イ、で主張した被控訴人の昭和二十九年十二月十四日附の本件農地に対する買収処分の一部取消に対し、控訴人は無効若しくはかかる買収処分の一部取消により、本件買収計画の違法は治癒せられない旨主張するから、左の如く反論する。

農地の買収は買収計画の樹立、計画の承認、買収令書の交付という一連の行政行為の段階を経てなされるものであるが、これは買収という私権を収用する強制行為の性質上、かかる慎重な手続を要請されるが故であつて、私権を回復する買収処分の一部取消についても同一の手続、即ち控訴人の主張によれば「取消計画の樹立」、つまり買収計画の一部取消変更等の手続から履践しなければ、適法有効に買収処分そのものを取消変更し得ないとする、控訴人の主張は失当である。たとい買収計画が取消されなくとも、それが客観的にみて違法であるにおいては、買収処分をなすべき行政庁は右買収計画に拘束せられることなく、買収処分をなさざるを得べく、若しそのなした買収処分が一部違法であることを発見すれば、これに則応するよう右買収計画にかかわりなく、買収処分そのものを一部取消変更をすることができることは、当然である。一般に行政行為はその性質上、または法令に特別の定めがない限り、処分庁自身が原則としてこれを取消し得るとされているのであつて、前叙理由により前記昭和二十九年十二月十四日附の買収処分そのものの一部取消は有効である。そして買収計画は前叙のように、買収処分に連繋する経過的のものであつて、それ自体単独には処分的効果を生ずるものでないから、本件のように買収処分の一部取消後もなお、従前の違法な買収計画が存在するも、これは極めて観念的形式的のものである。もとより本訴は買収計画の取消を求めるものであるが、その究極するところは本件農地の買収処分を排除するにあるから、既に前示買収処分の一部取消があつた以上、前記保有面積を冐したという理由で買収計画そのものの違法を攻撃して、これが取消しを求める法律上の利益は、ないといわねばならない。

因みに前示買収処分の一部取消の効力発生は、さきになされた本件買収計画そのものの一部取消変更を前提とするものでないこと、前述のとおりであるが、少くとも行政上は形式的に存する違法な買収計画を、右買収処分の変更に伴つて変更して置くのが、相当であると考えられる。しかし本件においては、新潟県農地委員会は自創法第四十七条に則り所謂権限代行によつて自己の名において買収計画を定めたのであつて、法上固有の村農地委員会の権限を法定代理してなしたものでないと解するから、右代行事案についての処理権限つまり計画の樹立も、これと表裏の関係をなす計画の取消も、代行機関たる県農地委員会(または農業委員会)に専属すると解され、これが代行を解いた後(控訴人主張の如く昭和二十七年十月十七日代行権限の解除のあつたことは認める)においても、赤泊村農業委員会にこれが取消の権限はないものと解さねばならない。この点に関する控訴人の主張は当を得ない。若し代行解除によつて権限回復があると解すれば、上級庁である県農地委員会の行政処分を、下級庁である村農業委員会が取消すというが如き、行政組織上極めて不合理な結果となる。そして本件買収処分の一部取消に則応し、行政上の措置として買収計画の一部取消変更をするについては、これが権限庁である県農業委員会は農業委員会等に関する法律(昭和二九、六、一五法律第一八五号)の施行によつて廃止されたので、この計画取消を行い得る機関はなくなり、本件買収計画の取消はもはや不能のことに属する。

二、買収すべき土地の特定について、

本件農地に関する買収令書には、買収土地の表示として字問田八三八番、田(二反三畝十二歩)二畝十七歩と記載あるだけで、右二畝十七歩は八三八番の田二反三畝十二歩のいずれの部分に該当するか、その部分は特定できないから違法であると控訴人は主張するけれども、右八三八番田二反三畝十二歩の一筆の土地中二反二十五歩は訴外川端嘉一が小作しているものであり、その余の二畝十七歩は本件買収計画樹立ないし買収処分当時、控訴人がこれを自作していた部分であつて、実質的にはそれぞれの区分が特定していたものであるから、この場合控訴人引用の最高裁判所の判例は適切でない。故にかかる表示の一事を以つては、本件買収処分も、買収計画をも違法ならしめるものでない。

証拠として、控訴人訴訟代理人は、甲第一号証の一、二、第二ないし第十二号証、第十三号証の一、二、第十四、第十五号証、第十六号証の一、二、第十七ないし第二十三号証、第二十四号証の一ないし四、第二十五号証、第二十六号証の一ないし三、第二十七号証、第二十八号証の一ないし三、第二十九号証、第三十号証の一、二第三十一号証、第三十二号証の一ないし六、を提出し(第十七号証以下当審で新たに提出)原審証人歌野敏夫、同万豆六蔵、同三浦貞一、同斎藤稔、同中川五吉、同永井高吉、同石塚吾吉、当審証人歌野敏夫、同万豆六蔵、同三浦貞一、同斎藤稔、同中川五吉、同永井高吉、同石塚吾吉、同竹中繁、同信田儀作、同矢下田仁太郎の各証言並びに原審(第一ないし第三回)及び当審(第一、二回)における控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第一ないし第三号証、第九号証の三、及び四の成立は不知、第四、五号証中新潟県農地委員会の受附印の成立は認めるがその余の部分の成立は知らない。乙第六号証中赤泊村農地委員会名下の印影が同委員会の印影と押捺して顕出されたものであることは認めるが、その余の部分の成立は知らない。爾余の乙号各証の成立は認める。なお当審証人計良成策、同近藤久彌の各証言の一部を利益に援用すると述べ、

被控訴人訴訟代理人は、乙第一ないし第八号証、第九、第十号証の各一ないし四、第十一号証の一ないし三、第十二ないし第二十号証を提出し、(第十三号証以下当審で新たに提出)原審証人川端嘉一(第一、二回)、同岩ケ坂竹次、同岩ケ坂義雄(第一、二回)同田辺千義、同岩崎喜太郎、同伊藤信一、同安藤九郎平、同竹中繁、同計良成策、同本間善吉、同金子マツエ、当審証人岩ケ坂竹次、同安藤九郎平、同川端嘉一、同田辺千義、同岩ケ坂義雄、同岩崎喜太郎、同藤井長太郎、同竹中繁、同計良成策、同近藤久彌の各証言を援用し、甲第一号証の一、二、第十六号証の二、第十七号証、第二十三号証、第二十六号証の二、第二十九号証、第三十号証の一の各成立は不知、第九号証中の赤泊村農地委員会の受附印の成立を認めるがその他の部分は不知、第十二号証中赤泊村農業委員会長作成部分の成立は認めるがその他の部分の成立は知らない、第三十一号証及び第三十二号証の一ないし五中各農業委員会長の証明部分の成立を認めるがその他の部分の成立は知らない、爾余の甲号各証の成立を認める。と述べた。

理由

昭和二十九年八月十七日新潟県農業会議が成立したので、農業委員会法の一部を改正する法律(昭和二十九年六月十五日法律第一八五号)附則第二十六項規定により、新潟県農業委員会を当事者とする本件訴訟を被控訴人新潟県知事において受継いだこと、並びにこれより先新潟県農地委員会は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第四十七条により赤泊村農地委員会の権限を代行して、訴外川端嘉一、同岩ケ坂竹次の同法第六条の二による遡及買収請求に基ずき、昭和二十五年十二月二十二日控訴人所有の別紙目録記載の(イ)、(ロ)、(ハ)の農地(ただし(ロ)の農地については当時はまだ分筆前で八百三十八番二反二畝十二歩のうち二畝十七歩)について、同法条により買収計画を樹立し、同年同月二十六日その公告をしたので、控訴人は同年同月二十七日異議の申立をなし、同二十六年二月二日却下となるや更に新潟県知事に対し訴願し、同年同月二十二日附で訴願棄却の裁決があり、その裁決書が同年同月二十五日控訴人に送達されたことは、いずれも当事者間に争がなく、その後六ケ月以内に本訴が提起されたことは、記録に徴し明らかである。

よつて控訴人が右買収計画を違法とする諸点につき順次検討する。

第一、

(1)  前示遡及買収の基準時たる昭和二十年十一月二十三日当時判示請求者たる訴外人等が本件農地の小作人であつたかどうかの点。

控訴人がその所有にかかる別紙目録記載の(イ)及び(ロ)の田を、昭和十八年中より訴外川端嘉一に対し、また同(ハ)の田を、大正十四年頃より訴外岩ケ坂竹次に対し、それぞれ賃貸し、同訴外人等が右賃貸借契約に基ずいて少くとも昭和二十年の収穫期まで耕作してきたことは、当事者に争なく、問題は控訴人主張の如く前示基準時たる昭和二十年十一月二十三日前に、既に適法な合意解約があつたかどうかの一点に帰着するが、この点に関する当裁判所の事実の認定並びに法律上の判断は、当審で新たになされた証拠調の結果を斟酌するも、原判決理由に説示するところ(原判決六枚目表十行目、(ニ)の(1) 以下同八枚目表八行目まで)と同一であるから、これをここに引用する。控訴人は、控訴人居村地方では毎年稲の収穫期である十月中旬後直ちに田打と称する耕作をするのが常であるから地主が小作人に対し田の返還を求める場合には、必ずや収穫終了の時期になされることは実験則上当然のことに属すとなし、合意解約の時期に関する原判決の認定を論難するけれども、控訴人が前記訴外人等との合意解約によつて、現実に本件農地の返還を受けて名実共に自作したものでなく、右合意解約と同時に所謂請負契約によつて、前記訴外人等が控訴人自作名義の下に、依然耕作を続けていたものであることは、また原判決の認定するところであり、かくの如き場合にあつては地主としては自ら営農準備に着手する都合上田打の時期に間に合うよう農地の返還を求める必要ありとも認められないから、解約の時期に関し昭和二十一年一月または三月と認定したことについては、実験則に反する違法あるとは謂えない。また甲第八号証(赤泊村農地委員会作成昭和二十五年四月八日調査、矢下田鉄蔵の農地調査明細書)によれば、昭和二十年十一月二十三日現在において本件農地は控訴人の自作地として記載されていることは、控訴人主張のとおりであるが、この記載も解約の時期に関する前示判断を左右するに足らない。

(2)  控訴人主張の所謂一事不再理の原則の適用の有無について。

原判決が控訴人のこの主張の当否を判断する前提として認定した事実並びにこれに基ずく法律上の判断(原判決八枚目表九行目(2) 以下同九枚目裏八行目まで)は正当であつて、当裁判所もこれと見解を同じうするから、これをここに引用する。控訴人は、農地所有者が買収計画に対し異議、訴願、訴訟の提起につき法定期間を徒過するときは、この行政処分は確定し最早その効力を争い得ないことと対比し、小作人の遡及買収請求拒否の決定に対する自創法第六条の三所定の指示請求期間の徒過により、さきになされた拒否の決定は形式的にも実質的にも行政処分として確定し、行政庁も利害関係人もこれに拘束せられ、最早同一事由に基ずいて同一利害関係人から再度の遡及買収の請求をなし得ず、また行政庁もこれに反する行政処分をすることはできないと解すべきであり、かく解するにあらざれば著しく衡平の観念にも反すると主張する。

しかし自創法第六条の三によれば、市町村農地委員会が小作人から遡及買収の請求のあつた日から二ケ月以内に「買収計画を定めない場合」において、当該請求をした者がその期間経過後一ケ月以内に都道府県農地委員会に対して、買収計画を定めるべき旨を指示すべき旨を請求したときは、都道府県農地委員会はその指示をしなければならない趣旨を定めているに過ぎないのであつて、右指示請求をなすべき期間は法定しているが、指示請求前に一般に必ずしも市町村農地委員会において遡及買収請求を否とする決議(控訴人の所謂実質的確定力を重んずべき遡及買収請求却下決定)があつたことを前提としていないから、右期間の徒過により買収請求を否とする行政処分が常に確定力を生ずるとの論は採り得ないし(尤も本件の場合偶々請求のあつた日から二ケ月以内に遡及買収を否とする決議があつたことは明らかであるが)、元来同条文の立言の形式、法意から考えても、右指示請求は単に上級行政庁である都道府県農地委員会に、下級行政庁である市町村農地委員会に対する監督権発動の機会を与え、小作人の自創法上の権利保護の簡便な途を開いただけであつて、関係利害関係人のため認められた買収計画に対する争訟手段たる異議、訴願、訴訟の提起に関する諸規定とは、その趣旨を異にするものである。従つて前示の場合この両者の権衡論を理由とし、或は行政処分の拘束力ないし確定力の効果として、一事不再理の原則の適用を主張するのは失当である。

(3)  本件買収計画が自創法第六条の二第二項第二号の裁量を誤つた違法の処分であるとする主張について。

この点に関する当裁判所の事実の認定並びに法律上の判断も左記の点を附加する外は原判決の説示(原判決九枚目裏九行目(3) 以下同十枚目裏一行目まで)と結局同一に帰するから、これをここに引用する。

即ち原判決引用の原審証人川端嘉一、同岩ケ坂義雄の各証言並びに当審証人竹中繁の証言によつても、控訴人主張の覚書による協定は、赤泊村農地委員会の委員であつた右竹中繁と万豆六蔵等の斡旋によるものではあるが、結局訴外川端、岩ケ坂がかかる覚書に署名するについては、控訴人との社会的な地位の相違、その他当時の四囲の情勢から心理的な圧迫を感じ、これに抗し難く遂に応諾するの已むなきに至つたものであることは否めない事実であることを看取し得べく、よしや右協定条項の承諾が強迫によるものとして取消の原因たり得るとか、または全然意思の自由を抑圧せられた無効のものであると認められないにしても、右事情の存否は、該協定に反する遡及買収の請求が信義に反するものと認むべきや否やを判定する一資料となり得るものである。また原判決引用の甲第九号証によれば、右協定条項中には本件別紙目録記載の(ハ)の農地及び件外三筆の農地の解放につき、内容未確定な取極めをしているが、元来農地の買収売渡は自創法の規定に従つて定めらるべき事項に属し、当事者間で任意に協定をしてもそれ自体何等の効力を有するものでないから、これと不可分の一体をなす本件別紙目録(イ)及び(ロ)の農地の返還に関する条項の如きも、たとえ村農地委員会によつて承認せられていたとしても、これまた当事者を拘束するとは解し難く、以上諸般の事情から考えて、本件遡及買収の請求が前示協定の趣旨に違反する故を以て、直ちに信義に反するものとし、本件買収計画につき自創法第六条の二第二項第二号の適用を誤つた違法ありとの控訴人の主張に左袒できない。

第二、

(一)  法定保有面積を欠くとの主張について。

(イ)  本件農地の所在する新潟県佐渡郡赤泊村における自創法第三条第一項第二号による小作地の法定保有面積が六反歩であるところ、本件買収計画により控訴人の保有小作地面積が五反二畝二十五歩となり、結局七畝五歩にわたり右法定保有面積を冐していることは、当事者間に争がない。

ところで被控訴人は、昭和二十九年十二月十四日附を以てさきに本件買収計画に基ずきなされた買収処分中、計七畝十四歩に相当する部分を各特定して取消したから、これにより法定保有面積を超えることとなり、違法は治癒せられたのみならず、仮りに右買収処分の一部取消後もなお従前の違法な買収計画が存在するとしても、それは極めて観念的なものであつて、この点の瑕疵を主張してこれが取消を求める法律上の利益がないと主張する。

そして成立に争のない乙第十六ないし第十八号証によれば、昭和二十九年十二月十四日附で前示法定保有面積を冐した違法を理由として、被控訴人主張のような買収及び売渡処分の一部取消の行政処分がなされたことが推認せられる。

控訴人は、買収処分は買収計画に基ずいてなされるのであるからこれを適法有効に取消すためには、先ず買収計画から取消されねばならない、かかる手続を履践しない右取消処分は無効であると抗争するけれども、この点に関する当裁判所の見解は被控訴人主張の前掲事実摘示第二の一、と軌を同じくするものであつて、少くとも買収処分につき前示の如き法律上の瑕疵ある違法を発見したときは、当該処分庁は原則として買収計画にかかわりなく買収処分そのものの取消変更をなし得ると解する。

しかしこの買収処分の一部取消変更に伴つて、買収計画は当然一部失効するとか、これによつて瑕疵が治癒される理由はないから、その違法はなお存在するものと謂う外はない。

被控訴人は、前示買収処分の一部取消変更によつて、法定保有面積を冐かすさきの買収処分は、ここに有効に変更是正せられた以上、単に観念的に存在する買収計画に関する同一違法を主張して、これが取消を求める法律上の利益はないと主張するから、この点について考察する。

買収処分は適法な買収計画に基ずくことを要することは言うまでもなく、若し買収処分庁において買収計画の一部に違法があることを発見した場合には、その違法が可分であるとき、例えば甲、乙の農地についての買収計画中乙地についてのみ違法あるときは、甲地のみについて買収処分をなし、乙地については買収処分をせず、一旦買収してもこれを取消し得ることは当然であろう。しかし本件の如く法定の保有小作地の面積を冐す違法な買収計画に基ずき買収処分庁が右法定の面積を冐さない限度に、右買収計画に含まれている土地のうちから適宜選択ないし区分して買収処分をすることは、適法であろうか。

元来政府が自創法第三条の規定による買収をするには、市町村農地委員会(本件にあつては自創法第四十七条により県農地委員会が代行)の定める農地買収計画によらなければならないものであることは、同法第六条第一項の明定するところであり、市町村農地委員会が農地買収計画を定めるには、同条第四項所定の事項、即ち一、自作農となるべき者の農地を買受ける機会を公正にすること。二、自作農となるべき者の耕作する農地を集団化し、且つ当該地方の状況に応じて当該農地につき田畑の割合を適正にすること。を勘案してこれをしなければならぬ。と規定している。そして買収処分は同法第九条により都道府県知事の買収令書の交付によつてなされるものであるが、右の如く買収処分が前示所定事項を勘案して樹立せられた買収計画によらなければならぬとした所以のものは、自創法第一条の目的達成の適正を期せんがためであることは疑のないところである。ところで法定の保有面積を冐かした買収計画の違法は、単なる面積の超過という点にあるように見えるけれども、買収される農地のいずれなりやによつて、自作農となるべき者に差異を来たすこともあり得るのであるから(自創法第十六条、同法施行令第十七条等参照、本件において前示買収計画の対象となつている別紙目録記載の(イ)及び(ロ)の農地と同(ハ)の農地については両者の間に自作農となるべき者が異なり、従つてそのいずれ、ないしどの部分を選択して買収計画を定めるべきかについては、前示法所定の勘案すべき内容を異にするものといわねばならぬ)、右違法な買収計画の目的となつている各農地のうちから、法定保有面積を冐さないよういずれの農地、またはどの部分を取捨選択して買収すべきかは、買収計画庁において前示自作農となるべき者に関する法所定事項を勘案して決定すべき権限に専属し、買収処分庁の権限外にあるものと解さなければならない(買収計画で定められた範囲内である以上、買収対象農地の選定と数量の決定は、買収機関の自由なる裁量に属すとなす論はこの点を看過するものである)。けだし若しそうでなくして買収処分庁において法定保有面積を冐す買収計画の目的となつている農地のうちから、適宜取捨選択して買収すべき農地の範囲を定めて買収処分をすることができるとすれば、結局適法な買収計画に基ずかない買収処分を許容する結果となり、到底容認し得ないことは明らかだからである。換言すればこの場合、法定保有面積を冐さないよう先ず買収計画庁において前示法所定事項を勘案して、買収計画からやり直した上で、これに基ずいて買収処分庁が買収処分をしなければならないのであつて、前示認定した経過の如く、単に買収処分庁において法定の保有面積を冐さない限度に前になした買収処分の一部取消変更をしても、本件において前示買収計画の対象となつている別紙目録(イ)、(ロ)の農地と(ハ)の農地については両者の間に自作農となるべき者が異なること明らかであるから、かくして変更せられた買収処分も、結局叙上権限逸脱つまり適法な買収計画に基ずかない買収処分として、依然違法たるを免れないと謂うべきである。

そうだとすると控訴人としては、前示買収処分の一部取消変更あるにかかわらず、前示違法な買収計画の取消を求め ひいて前示一部取消によつて変更せられた本件農地の買収処分の効力を争うことを得べく、本訴買収計画の取消を求める訴の利益はなお存在するものと断定せざるを得ない。

そして法定保有面積を冐す本件買収計画の違法については、前示買収対象農地の選定、数量の決定に関する買収処分庁の権限について説示したと同一理由により、裁判所においても、法定保有面積を冐さない限度で適宜取捨選択して、その一部を取消し他を適法として維持することは、許されないと解すべきであるから、結局本件買収計画は全部取消を免れない。

(ロ)  控訴人は、前示保有小作地とされている五反二畝二十五歩のうち、控訴人主張の三筆計二反八畝二十三歩は、訴外矢下田仁太郎の所有であるから、この部分を控訴人の保有小作地の面積に通算して買収計画がなされた結果、前示(イ)の外に更にこの面積だけ法定保有面積を冒すことになり、この点においても違法があると主張する。

先づ右矢下田仁太郎の所有権取得の原因については、控訴人の主張によれば大正の初年頃控訴人の妹ハツが控訴人家から分家する前、右三筆の土地を控訴人から贈与されてその所有者となり、昭和十七年七月十四日右ハツの死亡に因る家督相続によつて、仁太郎がその所有権を承継したと謂うにあつて、成立に争のない甲第二十六号証の三によれば右分家並びに家督相続の事実は明らかであるが、贈与の事実の有無に関しては成立に争のない甲第二十六号証の一及び当審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)と、これによりその成立を認められる甲第二十六号証の二並びに当審証人矢下田仁太郎の証言によれば、右控訴人主張に副う共述ないし記載はあるが、右贈与のあつたという大正初年頃から実に数十年に及ぶにも拘らず、その間これが所有権移転登記その他法律上権利を確得して置くような手続をとつていなかつた事実に照らし、前顕各供述並び書証の記載のみによつては、到底これを肯認し難く、成立に争のない甲第三十号証の二、当審第二回の控訴人本人の尋問の結果により成立を認める甲第三十号証の一、その他控訴人の提出援用の全証拠に俟つも、到底右贈与の事実を認めるに足りない。尤も控訴人の指摘する如く、保有地面積の算定に当り当該農地の何人の所有に属するかは、登記簿上の名義人如何に拘らず真実の所有者の何人なりやによつて決すべきものと解するけれども、本件にあつては前示贈与による所有権移転の事実は遂に認められないと判断したのであつて、所有権移転の事実はあるが、登記がないから対抗できないと判断したものでないことを附言する。

従つて前示三筆の土地が控訴人の所有地でないことを前提とする主張は採用できない。

(二)  買収令書に買収土地を特定しない違法と買収計画。

成立に争のない甲第二十五号証によれば、本件買収計画に基く買収処分として交付せられた買収令書には、目的土地として別紙目録(ロ)の二畝十七歩については控訴人主張のように「八三八番田(二反三畝十二歩)二畝十七歩」との表示があるだけで、他にこの部分を特定するに足る表示のないことは明白である。(右二畝十七歩につき別紙目録(ロ)表示の如く分筆登記せられたのは、買収処分後の昭和二十七年十月八日であること、真正に成立したと認められる甲第二十九号証によつて明らかである)。しかしこの(ロ)の農地に関する買収処分は先に説示した如くその後昭和二十九年十二月十四日附で全部取消されている(前顕乙第十六号証参照)のみならず、買収処分の目的となつた土地の一部につき、その内容が不明確なため、無効であるからといつて、ひいて遡つて買収計画の違法無効を来たすという控訴人主張の根拠は理解し難い。因みに本件買収計画中右土地に関する部分は、前示字問田八百三十八番田二反三畝十二歩のうち、昭和二十年十一月二十三日当時訴外川端嘉一において賃借耕作していた部分たる二畝十七歩(控訴人は当時返還を受けていたと主張するものの、その地域については当事者間別に争はないのである)について樹立せられたものであることは、右買収計画樹立の経過並びに公告から十分に推知せられるところであるから、右買収計画を樹てられた土地は、特定せられるものと解すべきであつて、(最高裁判所昭和二十九年十一月二十六日第二小法廷言渡判決、判集第八巻第十一号二一一七頁参照)、この点については控訴人も、買収計画そのものの目的土地の不特定を主張するものではないが、一言附加する。

以上本件争点につき遂一検討を試みたが、結局新潟県農地委員会が昭和二十五年十二月二十二日別紙目録記載の土地につき定めた農地買収計画は、前示第二の(一)の(イ)において説示したとおり違法であり、且つ現在右違法を理由として右計画の取消を求める法律上の利益あることに帰し、全部取消を免れないのであるから控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべく、これと反対の見解に出でた原判決は不当であるから、民事訴訟法第三百八十六条に則りこれを取消し、訴訟費用の負担につき同法第八十九条第九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)

(別紙)

目録

新潟県佐渡郡赤泊村大字莚場

(イ) 字問田八百八番 田 壱反八畝拾参歩

(ロ) 字問田八百三十八番の二 田 弍畝十七歩

(ハ) 字ウツギ山千六百四番 田 弍反八畝弍拾九歩

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